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フルートで聴くフランス・ドイツ作品

French & German Flute Works

フルート : 日向萌

ピアノ:加藤直子

Moe Hinata, flute  /  Naoko Kato, piano

2022年7月10日(土) 15時開演

仙台中央音楽センター IVyホール

 

P. タファネル / 魔弾の射手による幻想曲 (12’)

Paul Taffanel  / Fantaisie sur le Freischütz

Ph. ゴーベール / ロマンス (1905) (8.5’)

Philippe Gaubert / Romance (1905)

H. デュティユー / ソナチネ (9’)

Henri Dutilleux / Sonatine pour flûte et piano

- Pause (15’) -

 

S. カーク=エラート / シンフォニッシュ・カンツォーネ (9’)

Sigfried Karg-Elert / Sinfonische Kanzone

C. ライネッケ / フルートソナタ “ウンディーネ” op.167 (20’)

Carl Reinecke / Flute sonata "Undine" op.167

 

 

 

Program Note

フランス・ボルドー出身のポール・タファネル(Paul Taffanel, 1844-1908)は、パリを中心にフルーティスト、指揮者として活躍したほか、教育にも尽力し、近代フルートのメソッドの確立に大きく貢献しました。自身が1等賞で卒業したパリ音楽院では、没年まで教授を務めました。魔弾の射手による幻想曲は、ドイツロマン派の作曲家ウェーバーの歌劇『魔弾の射手』に基づいています。射撃大会で勝つことを条件に恋人アガーテとの結婚を約束していた狩人のマックスが、射撃の調子を落としているところをライバルのカスパールにつけ込まれ、魔弾を授かります。大会当日、マックスの魔弾は見事にヒットしていきますが、悪魔の思惑で最後の一発はアガーテを捉えます。ところが、アガーテは被っていた白薔薇の花冠に守られ、魔弾はカスパールに命中します。魔弾を使用していたことが知られマックスは追放を命じられますが、森の隠者の計らいにより1年間の猶予の後に結婚が認められることとなり、一同の歓喜とともに幕を閉じます。フルートの特性が最大限に活かされた華麗な一曲にまとめられています。

 

フィリップ・ゴーベール(Philippe Gaubert, 1879-1941)は、靴職人の父親と、タファネル家の家政婦をしていた母親の間に生まれました。幼少のフィリップは、タファネルにフルートの類稀な才能を見出され、タファネルがパリ音楽院の教授となったその年に、わずか13歳で同音楽院に入学します。15歳で音楽院を1等賞で卒業後、1904年にはローマ大賞2等を受賞しています。のちにパリ音楽院の教授となり、マルセル・モイーズをはじめとした弟子を輩出しました。1905年に作曲されたロマンスは、彼が最初に書いたフルートとピアノのための作品です。ゴーベールは1908年にもロマンスを書いており、両作品とも色彩豊かな美しい旋律と和声が使われている名曲です。

 

西フランス・アンジェの芸術一家に生まれたアンリ・デュティユー(Henri Dutilleux, 1916-2013)は、パリ音楽院で作曲や対位法、和声、指揮など多岐に渡り学びました。1938年にローマ大賞1等を受賞後、ローマに滞在していましたが、第二次世界大戦をきっかけにフランスに帰国しました。1943年にパリ音楽院の試験曲として作曲されたソナチネは、ドビュッシーやラヴェルの影響が残る作品です。のちに独自の作風を展開していったデュティユー自身は、このソナチネを若年期の駄作としていたようですが、フルートの多様な音の出し方や特徴的なリズムが使われた、フランスのエスプリ溢れる代表的なレパートリーとなっています。

 

オルガニスト、作曲家のジークフリート・カーク=エラート(Sigfried Karg=Elert, 1877-1933)は、ドイツのオーベルンドルフ・アム・ネッカーで12人兄弟の末っ子として生まれました。元々の名前はSiegfried Theodor Kargでしたが、Kargがドイツ語で乏しい、簡素の意であることから、母親の旧姓であるEhlertを変形させたElertが彼のキャリア初期に追加され、Siegfriedはスウェーデン語のスペルに変えられました。ライプツィヒ音楽院でライネッケらに師事した後、グリーグに認められ、作曲家として活躍するようになります。オルガンやハーモニウムの作品が広く知られていますが、1917-19年にかけては、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のフルート奏者カール・バータスチャットとの交流の中でフルートの技術的な可能性の大きさに魅せられ、フルートの名曲を多く残しました。シンフォニッシュ・カンツォーネには、ドイツロマン派の面影が色濃く残るスタイルの中に、緩急/強弱のコントラストや半音階の多用など、この時期のフランス音楽の影響も少なからず感じられます。叙情的で印象的なテーマが冒頭から奏でられ、技巧にとどまらない情熱溢れるパッセージ、華麗なカデンツァへと続きますが、最後は思いがけず穏やかに終止します。

 

カーク=エラートの師にあたるカール・ライネッケ(Carl Reinecke, 1824-1910)は、ドイツの作曲家、ピアニストです。シューマンやメンデルスゾーン、リストらと交流がありましたが、当時はこれらの作曲家たちの影に隠れあまり広く知られることはありませんでした。1882年に作曲されたフルートソナタ“ウンディーネ”op.167は、彼の残した楽曲の中で最も演奏される機会の多い作品で、ドイツのロマン派作家フリードリヒ・フーケの小説『水妖記(ウンディーネ)』から着想を得ています。水の精ウンディーネと恋に落ちた騎士フルトブラントが、精霊界における禁忌を破ってしまい最終的にウンディーネに殺されるという恋の悲劇が、4楽章を通して描かれています。クラリネットソナタにもアレンジされています。

文 / 日向萌